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女性建築士がつくる「快適な住まい」

第11回「幼い私の一級建築士への憧れ」

幼い頃の憧れ
アマルフィにて
アマルフィの風景

  私が住まいに関心を持ったきっかけは小学3年生の頃で、江戸時代の古い茅葺屋根の農家住宅を父が骨組みを残し改築した当時の住まいに段差があったり縁側が無かったりで、少し不満だったことでした。
  また建築というものに興味を抱いたのはそれより3年程前に、結核で長らく入院している父に面会に仙台の国立病院へ行った時に、同室のおじさんが何やら大きな紙を広げて眺め、その紙を持参したお兄さんに 「 そこの窓の処にあるはんこを押して行け 」 と言っているのを聞いたことです。そのおじさんがお兄さんを送りに部屋を出て行った時に、父が 「 あの人は一級建築士で、あの図面に判を押すだけで、給料を貰えるんだ 」 と母に言った言葉を聞いて 《 そうか!一級建築士というのは、判を押すだけで、病院に入院していてもお給料が貰えるのか! 》 とものすごく驚いたのです。
  小学校入学前の頭で、いろいろ考えました。 《 お父さんが働くことが出来ず、収入がほとんど無くなった我家、更に10日毎に1万3千円以上の入院費の請求書が来て、頭を悩ませている祖母、お父さんはもう助からないらしい、私も、入院していてもお給料が貰える一級建築士になりたい!家族だけでなく、自分が入院してもお給料が貰えるなんて! 》
  数年後、九死に一生を得て退院して来た父が読んでいた雑誌のグラビア写真を眺めて思いました。 《 私もこんなお家に住みたい! 》 そこに載っていた写真を指し、 「 このおじさん誰?一級建築士? 」 と問う私に、父は 「 丹下健三と言う有名な建築家だ 」 と。それからの私にとって、丹下健三おじさんは憧れでした。
  また、おしゃまな私は看病している母を見つめながら、当時こんなことも考えました。 《 私のお婿さんがもしお父さんみたいに体の弱い人だったら、私が働かなくてはならないから、看病しながらするお仕事には、一級建築士がいいな! 》 と。
  それから20年後に一級建築士にはなったものの・・・。姉歯事件は一級建築士の魅力を完全に喪失させるに充分でした。
  今は 殆どの時間は仕事を離れ、旅に出て美しい風景や建物を眺め歩いております。先日はイタリアのナポリからソレント半島そしてアマルフィ海岸を旅してきました。

田口 幸代

一級建築士事務所
TEA FIELDS

代表 田口 幸代

TEA FIELDS

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